カテゴリー別アーカイブ: こころ

身体で受け取める、世界の美しさ

ジブリ映画は、実はそんなに見ないので。
ストーリーすらほとんど知らない映画も多く。
ですが、テレビで見たワンシーンがいつも頭の中から離れない。

主人公の女の子が宙を舞い落下して、それを受け止め抱き上げる、というシーン。

女の子が落下している途中も、受け止められるその手に触れる瞬間も、抱き留められた時のお互いの感触も。
見ている私もその感覚を十二分にリアルに感じることができました。
それは、私自身が持つ、”重力に対する体感”を、感覚を、想起させられる体験でした。

先日NHKの宮崎氏の番組で、”生命に対する侮辱”という発言があったようですが。
(その言葉が発せられる流れについては、いろいろとあったようですが、そこはさて置き。。)
その発言を見たとき、先ほど紹介した映画のワンシーンを思い出しました。
・・・正確に言うと、そのシーンを見たときに感じた体の感触がムズムズと思い出されたのです。

”世界は美しい”
それは、生命があり。
夜があり、朝があり。
重力も、風も、光も、闇も。
喜びも、悲しみも、ただ、ある。
その中で続く日常は、ただただ美しい。

そのシーンで感じた”重力に対する体感”は、それを思い出させてくれる。

人は一人で生きていない。
この身体を持って、この世界を生きている。
この世界の美しさを、身体で受け止める。
合気道をしていることで、それをよりリアルに体感することができるような。
ということで、先日1級に昇級したんですけどね。

あたらしい自分

占星術をはじめとするたくさんの占いで、
秋からの大きな変化を伝えるメッセージが届いていますね。
きっとこのブログを読んでくださっているみなさんの中にも、
大きな変化の中にいる人も、たくさんいるでしょう。

そう。私も。ね。
昨冬から勤めの仕事も始めたのだけれど、この9月からあたらしい場所へ。
そこへ至るまでも、とてつもない絶望的な状況もあったり、まぁ、いろいろとありました。
が。
結局すべて、そこへ至るまでのプロセスでしかなかったのです。

苦しい状況はすべて、自分の中にある不安や恐れが、具現化されて見せつけられているような。
だから、苦しければ苦しいほど、怒りよりも切なさが大きくなる。

でもね。
苦しい状況と並行して、常に心をノックする声もありました。
セラピストや講師の仕事の中で、気づいたこと。
自分の中にある喜びや楽しさ好奇心が、仕事に彩りを加えて、
その彩りが、周囲の人を巻き込んでいく。
そして、自分も、周囲の人も喜びにあふれていく。

もう、わかりやすすぎる。
私は、どんな世界で生きていきたい?
どんな世界で生きていくと決めようか?
それが、すべてなのですね。

むずかしいことも、こわいことも何もない。
深呼吸して、まっすぐ前を見て。
自分の中にあるゆたかさに意識を。
それだけで、世界は一瞬にして変わる。

今は、そういうことを体験する時期なのだと思うのです。

イベントありがとうございました!

すっかり3日前。
久々のイベント出展でした!まるごと夏まつりのびのびベビーデー at 三鷹産業プラザ!
たくさんの方にお立ち寄りいただきました。
本当に、本当に、感謝感激!!なことばかりでした。

withbabyでの講座も、イベントの出展も、セッションも。
ずーっとずーっとお休みしていたものだから。
フレッシュな、新人の気持ちで参加させていただきました。
でもね。
出てくる言葉も、動作も、伝えたいことも。
すべて自分の心から出てくることばかり。
これは、一朝一夕で培われたものではないんだな、と。
少し離れていた期間があるからこそ、
あれもこれも!とガツガツしていたあの頃に比べて、
いろんなことを感じることができました。

アロマの虫よけスプレーは!
一部売り切れてしまって、ご迷惑をおかけいたしましたが。
たくさんのママさん、パパさん、ベビさん、キッズさんにお立ち寄りいただきました。
気軽にアロマを使うきっかけになったらいいなー!

そしてそして。
私にとっては本当にご褒美がたくさん。
今回、アロマの虫よけスプレーの横で、プチフリマしたのです。
その昔、雑貨狂いだった私。
バックパック背負って、ドイツ、ハンガリー、チェコ、スロバキア、オーストリア、フランス、イギリス、アメリカ・・・
雑貨店、本屋、蚤の市を巡っていたあの頃の遺産を、放出したのです。
一つ一つに思い入れがあるのだけれど、プチフリマに立ち寄ってくださった方々が、それを受け取ってくれたこと!
パパさんが楽しみながら、すごーく小さなピンバッチを発見して喜んでくれたこと!
お財布忘れて家まで取りに帰ってくれたくらい、欲しいと思ってくれたこと!
雑貨一つ一つの出身地を楽しみながら聞いてくれたこと!
とにかく楽しそうに手に取ってくれたこと!
雑貨狂いだった自分が、幸せに成仏していきました・・・チーン!なんてね。

さらなるご褒美も。
たった一度セッションに来てくださった方が、遊びに来てくださったこと!
セッションはご縁なのです。
あぁ、どうしてるかなーって。いつも想いを馳せているんですよ。ホント。
そんな方が来てくれるなんて!!もぅ!
セラピストやっててよかった・・・幸せすぎました。
セッション、再開せねば!!

上手く書けないのですが。
今までの自分のプロセスを、すべてまるっと花丸もらった気分です。
その夜は幸せな気分で興奮しすぎて、眠れなかったくらい!
自分の足元をしっかり見つめなおすことができて、
これからの未来をどうやって作っていくのかを、
しっかり正しく考えるスタートに立てた気がするのです。

本当に。感謝。感謝。感謝。
これからは感謝を届けます。
待っててね。
あなたに、ですよ!!

心と身体のつながりと、知性について

http://wired.jp/2016/07/12/interview-masao-morita/

あぁ、最近ずっといろいろと考えていたことを、スパーンとはまる表現にしてくれているなぁと感動!

合気道を始めてから3年くらい。
まだまだ自分の身体と心のつながりを見出せずにモヤモヤ。
でも、この方向でいいんだ、続けていていいんだっていう安心感は抜群に感じる今日この頃。

(リンク本文より引用)
知性には2種類あると思っています。ひとつは「自力」の知性。
自分の手持ちのルールを駆使して、巧みな計算によって問題を解決していくようなタイプの知性です。
もうひとつは「他力」の知性。
手持ちのリソースで計算するというよりも、身体を使ってうまく進行中の世界の一部に同化していくようなタイプの知性です。(引用おわり)

そうなんだよね。
知性って、結果を出していくことだけが知性じゃないんだよね。
”自分がそこにある”ということを肯定し、肯定されることも知性なんだ。
「自力」の知性、「他力」の知性。
その「他力」の知性こそ、身体があるからこそできるのだと思うのです。
だから、身体の感度の維持と向上は必須なのだと思うのです。

うつの人が、味がわからなくなるとか、身体を引きずっているような感覚とか、聞いたことがあります。
身体が置き去りにされるんだよね。きっと。
結果にフォーカスする「自力」の知性に偏りすぎて、
「他力」の知性を失ってしまった結果が、うつなのかもなぁ、と。
だから、うつの治療に、森田療法など、身体の感覚にフォーカスする治療が効果を上げてるんだね。

グーグル社など、瞑想を取り入れている会社があると聞きますが。
瞑想も、「自力」と「他力」のバランスを取り戻すのに役立つのでしょうね。

もう少しこの件については、じっくり考えてみたいな。おもしろい。

半径1メートルの世界

自分の半径1メートルの世界を、大切に。
手が届く世界を、大切に。
とてもシンプルなことなのだけれど、
それ以上に大切なことはないのだと。

その世界が満たされれば、
たとえ外の世界から怖いことをされても、
結局大丈夫なのですよ。

外の世界にフォーカスすれば、怖いのだけれど。
半径1メートルの世界に視点を戻してみれば、
何も起こっていない。
暖かい感覚しかない。
それに、気づくだけですよ。

半径1メートルの世界なんてない、というならば。
まずは自分の体にフォーカスしてみる。
自分の中にある暖かいものを感じる。
感じる。
感じる。
暖かさは、体を緩め、頬を緩めてくれますよ。
緩んだ頬が作る笑顔が、半径1メートルの世界をつくる第1歩なのですね。

届くメッセージ。

日々、いろいろなことが起こります。
人と関わることで、言葉をかけられ、言葉をかける。

自分が、誰かにかけたいと思った言葉は、
自分にかけたい言葉だろう。

誰かにかけられた厳しい言葉は、
自分を責める言葉ではなく、
ただ、点検を促すための言葉だろう。

大丈夫、という言葉は、
きっと他の人にかけられたら、
そんな簡単なことじゃない!って一瞬思うけれど、
でも、大丈夫なのかもしれない。
いや本当に、大丈夫なんだろう。

毎日同じことの繰り返しのように見えるけれど、
日々天気も変わる。
季節も変わる。
自分も、変わる。変われるから。

というメッセージが、最近届いてます。
どこから?
それは、日々出会う人から。体験から。
特に特別な能力なんて、いらないですよ。
日々の生活を、ちょっと深読み(妄想!)しているだけですから。ね。

いつものように、丁寧に。

被災された方々のことを思うと、何も言葉が出てきません。
ですが、私たちの目の前の日常を放り出せず。
親戚が九州にいることもあり、ついテレビのニュースを見てしまいがちです。
娘が、「怖い」と言い出しました。
そうでした。
5年前の震災の時、まだ娘は1歳半くらい。
東京も、水など、少し日常に影響が来ていました。
周囲の人の心もザワザワ。
私は娘と、三重の知人宅へ2週間身を寄せました。
生活の不便からの避難、ではなくて。
不穏な空気からの避難、でした。
怖かったのです。だから、避難しました。

今回の地震は、前回よりももう少し遠い場所。
「怖さ」とも少し距離があるから。
まずは、日常を丁寧に。
心の安心の容器を満たすように。
避難グッズや避難食を再確認。
子どもと一緒に笑顔で過ごす。
あたたかいぬくもりに、感謝する。

誰々よりも・・・という比較の話ではなく。
まずは自分のスペースを満たしましょう。
そうしたら、自分にできることがみえてくる。
あわてず、あせらず。でも着実に。

好きじゃなければ、やらなくていい。

パソコン講師の話。その3。

この講師、丸4年くらいやっています。春・夏休みの年2回。
4年やると、生徒が大きくなって帰ってくることもあるのです。

講師始めて間もない頃。
プログラミングのスーパーキッズが来ますよ!と主催の方に言われました。
正直、この講座は初めてパソコンを触る子どもでもわかるような、本当に初心者対象のものなのですけれど。どうなることやら。
少年は、当然余裕でサクサク課題を進め、自分で課題を見出し、周囲の子どものサポートしてくれましたよ。
あれから4年。
折に触れてその後も講座の際に遊びに顔を出してくれていたのですけれど。
今回彼は、テレビクルーを連れてやってきました。凱旋ですな!

せっかくなので、今回の講座受講生に、プログラミングを楽しく続けるコツでも語ってもらおうか!と、思ったけれど。
「好きだからやってるので。好きじゃなければ、やめればいい。」
スパッと言われて、そうだよなーって。
私もいろんなことを勉強してきたし、勉強すること自体が好きだけど、別にそれはすごいことだとは基本的に思っていないしね。
(社会的に有利だから得な趣味だなー、とは思っているけれど!)

講座はね。
先生と生徒、ではあるのだけれど。
プログラミングの面白さを知っている先輩が、一緒にワイワイやってる感じ。
最初に触れる瞬間が、とても楽しい体験となりますように。
つまらないとか、余計な先入観がつきませんように。
わからなくても、楽しいわからない!経験になりますように。
好き!につながる時間となりますように。

好きじゃなければ、やめればいい。ので。
好きなら、勝手にやるのよね。
じゃ、どこに”好き”を見出せるか。よね。

#そんなわけで、こっそりテレビに映りこむかもしれません。。

安心して、失敗する

小学生にパソコンを教える講座の話。その2。

プログラミングって、そもそも大人もよくわからない人が多いと思うのですが。
まぁ、いいのです。
知らなくても別に生きていく上では、まったく困らない。
ホント、まったく。びっくりするほど!
一言でいえば、パソコンに命令するためのルールのこと。
言葉と同じように、文法があって、単語があって、ルールに則って書いた文章を、パソコンに読んでもらうというもの。

で、パソコンとコミュニケーションを取る言葉なので。
パソコンは、融通がまったく利きません。
「ありがとう」を、「あちがとう」と言ったところで、人間ならある程度意味が通じます。
でも、パソコンは一文字違うだけで、しれっとエラーを返します。
ホント、悲しいくらいに。

今回の講座でも、数字が半角でなく全角になっていたたけでも、動かない。
そんな体験をした子ども達がたくさん。ほぼ全員。
そんなとき、「ついてないなー!」なんて言ってしまう子どももおりました。
でもね、私はこう言っちゃう。
「え!ラッキーじゃん!」
すると、子どもはびっくりした顔で、「どこがラッキーなの?!」って。

だってそうでしょ。
一人でやっている時にエラーが出たら、一人で困るだけ。
でも、講座の中なら仲間も先生もいる。
安心して、失敗してもいいんだよ。ってね。

そんな風に繰り返し失敗すると、失敗を修正する力がついてくる。
そうなったら、一人でも大丈夫。
失敗しても、やり直せるんだってあきらめない気持ちも、ついてくる。
むしろ、一人でも修正するぞ!ってプラスの力が湧いてくる。

講座が終わって、プログラミングに二度と触れない子どももたくさん。
でも、それでもオッケー。
少なくとも、小さな失敗に立ち向かう心持ちが経験できたからね。
一人で失敗しなくていいんだよ。
それを体感できたからね。

ゲームばかりはどうかと思うけれど。
やっぱり世界の広さを知るきっかけになるなら、必ずしも悪とは思わない。
寄り添う誰かの心がそこにあれば。ね。

試される時

人間だもの。
日々暮らしていれば、いろんなことが起こります。
ノリノリな時もあれば、ボロボロの時もある。
自分一人で生きていれば、それで終わりだけれども。
家族や友人、仕事など。
一人では生きていないのだから。
他の人や出来事のバイオリズムもあるのですから。
自分のバイオリズムのひどい時と、環境や他の人のバイオリズムのひどい時に重なると・・・まぁ、地獄。

もちろんね。
それを導いたのは自分なのだろうけれど。
えっ?こんな小さなことがあんなに大事件に!!なんてこともある。
心の準備ができていないからこそ、ショックが大きいこともある。

でもね。だからね。
そういう時こそ、笑顔だよね。
悲しくて、悔しくて、もう泣きたくなっているとしても。
誰もその深くて苦しい状況を理解してくれなくても。

いやいや、ポジティブになれっていうわけじゃないんです。
深く深く悲しみに、苦しみに浸る時も必要です。
カラダがその出来事を受け止められるまで。
眠ってしまっても、引きこもってしまってもいいんです。

それでも。それでも。
深い深い苦しみの底を見てしまったら。
そうしたら、動き出しましょう。
カラダが動きにくいだろうから、まずは顔だけ。
口角上げるくらいなら、どんなにひどい時でもできるから。

自分のバイオリズムも、環境のバイオリズムも、他の人のバイオリズムも。
みんな常に動き続いているから。
潮目が変わる時を、口角上げて待ちましょう。
淡々と、淡々と。

ポジティブシンキングを味方につけてもいいですよ。
それが動く力になるなら。
ドSな人は、ネガティブシンキングでもいいかもしれませんね。

淡々と。淡々と。
自分ができることをコツコツと。
誠実にやることでしか、未来は開けないのです。
その”誠実”が、自分のためでありますように。